子どもの頃からそうだった
子どものころ、母からよくこう言われていました。
「あなたって、冷めてるわね」って^^;
その当時は、そう確かに子どもらしくなかったです。喜怒哀楽があまりないから、一体に何を考えているのかわからなかったようです。それは、大人になってもちょっとあります・・・^^;。
でも、これが同居する上でいい場合もあるんで、よかったのかも^^;
まともに受けていたら壊れてしまう・・・
義母さんと一つ屋根の下に暮らせば。会話してなくても。おなじ空気を吸っているだけでなんだか心が圧迫するんです。義母さんが、出かければそれだけでなぜが気持ちが軽くなったり。何のいざこさが無くともそう思えること、あるもんです。
なのに、たとえば。
私の行動を干渉されたり。家事の仕方で、こうやったほうがいいと助言したり。子どもの教育や育て方に突っ込んできたり。同居し始めたころは義母さんの言動に扇動され。精神的に参ってしまったことも。それでも、同居という生活のスタイルは変えることができず。
前は、マンションで同居してましたから、本当にきつかったです。そこで10年以上もがんばった自分。よくやったなんて自分ほめちゃいます^^;
距離を置いて
結婚するときに、旦那様は、義母さんが本当の娘だと思っていると言っていたけれど。私は、ある程度義母さんの性格はわかっていたので。ありがたいな、とは素直に思いませんでした。客観的に接しないときっと自分がしんどくなると確信してました。
その確信は間違ってませんでした。
距離が近くなれば、なったで義母さんはこちら側に深く入り込み、勘違いをしたり。一度勘違いされるとそうではないということを分かってもらうために時間を要してしまうのです。これが大変。
なので、義母さんに対しては、私は距離を置いて接しています。
以前、私が何を考えているか分からない、何にも話さないからとか、旦那様にいろいろ言ってたようです。でもそうではなくて。
私はきちんと自分が出かけるとき。何かお願いをするとき。大事なことはちゃんと話します。
だけど、会話をすることはあまりしません。
なぜならば、会話にならないのです、義母さんの性格上の問題で^^;
義母さんが話したことに対して、こちらがお話を返しても、全く聞かず自分の話したいことを一方的に話して会話にならないのです。傾聴、つまり、人の話に耳をかたむけることはあまりしません。以前は、義母さんに合わせてましたが。それがずっととなるとさすがにしんどくなって・・・・。
そのことを義母さんが自覚できない限りは、今のようなコミュニケーションは続くと思います。
短期間の生活を共にするのであれば、また違った接し方になると思いますが。長年同居するとなると、当たらず触らずという関係が望ましいのではと思います。これには、義母さんのような性格の人でなくてもです。
お互いの領域に入り込まれれば、やはり不都合なことは出てくるはずです。
離れてみれば、関わり方も変わってくると思います。
今まで書いたことは私の持論に過ぎませんが・・・・。
- Newer: 感謝の気持ちで手を合わせる
- Older: 豚肉とハムのはさみ焼き